「あなたの心に…」
第2部
「アスカの恋 激闘編」
Act.27 明日の笑顔のために
さすがに、マンションのエントランスで背中から下ろしてもらったわ。
シンジの調子じゃ、家までおんぶしていきそうだったから。
でもやっぱり歩きにくそうだからって、手を引いてくれたのよ!
嬉しい!
でも…、でも…、その嬉しい思いも、シンジの一言でお終いになったの。
「ホントにありがと、ね。シンジが来てくれて、私、嬉しかった…」
よし!素直に言えるじゃない、この私も。この調子で…。
「あ、うん。綾波さんが、アスカを迎えに行かなきゃ駄目だって…」
え……。
「きっと途中で困ってるって。優しいよね、綾波さんって。僕も…」
そんな……。
そうだったの、か…。
そうだよね。
シンジの声も周囲の色も、全部フェードアウトしていく。
モノクロームの世界…。すべてが色を失ってしまった。
なんだ。
そうだったんだ。
私って、馬鹿みたい…。
その後、シンジに何と言って別れたのか全然覚えてない。
お風呂に入ったのも、晩御飯を食べたのも、記憶にない。
喜びすぎた反動よね、きっと。
シンジも馬鹿正直に言わなきゃよかったのに…。
馬鹿シンジ…。
でも、好きだよ。大好きだよ、馬鹿シンジ。
シンジの背中、気持ちよかったよ。
パパにおんぶされたのって、幼稚園くらいだったかな。
パパの背中は、とっても大きくて、安心したわ。
シンジの背中は、男の子の割にがっしりしてなかったけど、
このままいつまでもおぶさっていたい、そう思うような背中だった。
それはシンジの背中だったから。
どんなに頼もしい男性の背中でもそうは思わない。
レイもそう思ったんでしょ?
あ、そうなんだ。そうだったんだ。
私はレイが積極的になった理由にやっと気付いたの。
初詣の日のおんぶ。
好きな人におぶされば、もっと近くにいたいって思うのは当然だわ。
恥ずかしいとかそんなのに、打ち勝つことができる。
よし!アスカ復活!
「あ、アスカが立ち直った!」
気が付くと、マナがベッドで座ってた。
あぐらは止めなさいって。
「立ち直ったのわかる?」
「うん、目の輝きが違うもん。ねえねえ、シンジの背中どうだった?」
「え?見てたの?」
「もっちろん!お姉さんは木の陰から、いつもひゅうまの事を見ているの」
はぁ…。またわけのわからないこと言ってるよ、この娘は。
最近、ママとレンタルDVD三昧らしいから、
どうせ今のもその辺りで仕入れてきたんでしょうよ。
「で、やっぱり見てたのね?」
「うん。しっかりと。カメラがあったら残しておきたかったくらい、絵になってたわ。
アスカとシンジ。とってもきれいだった」
「そ、そう?」
「うん。中でも、にやけてしまうのを必死に堪えて、
変な顔して空を見上げていた誰かさんの表情が最高!」
「マナ!」
「怒っても怖くありませんよ〜だ」
「怒らないよ」
「あれ?いつもと反応が違うよ」
「だって…聞きたいんだもん。あの時のシンジの表情とか動きとか。
私、マナの言う通り、恥ずかしくて下見れなかったから。
シンジがどんな感じだったのか知りたいんだもん」
「はは〜ん、そういうことか」
「そういうこと。ね、教えて?可愛いマナちゃん!」
「仕方ないわね。私がシンジにおんぶしてもらったのはね、小学校の3年生。
そのときは私の方が大きかったから、シンジったらよろよろよろけて」
「もしもし、アンタの想い出は聞いてないの。今日のシンジのことを聞いてるの」
「そんなの、知〜らない!」
「あ、ずる〜い!見ていたくせに」
「ふん!
足拭いてもらって、
おんぶもしてもらって、
手も引いてもらって、
よかったわね!」
「え…マナ、ひょっとして…妬いてる、の?」
「ふん!」
「ごめん、マナ。そうよね、マナに聞いちゃいけないよね」
アスカ、反省。
落ち込んだり、調子に乗りすぎたり、はは、転校したての頃と大違いだわ。
まるで今は子供みたい。
「あのね、アスカ」
「なに?」
マナは真剣な顔で私を見ていたわ。
「私ね、今のアスカ、大好き」
「えぇっ!こんな情けない私が?」
「うん。笑ったり、悩んだり、怒ったり、落ち込んだり、喜んだり…。
知り合った頃のアスカって、大人っていうか…えっと…」
「背伸びしてた…」
「そう、それ!その言葉ぴったり!」
「本人に言わせるな…」
「ごめんごめん。私の知能って、中学1年で止まってるから」
「その気になったら、勉強なんてできるでしょ。TVばっかり見てるくせに」
「幽霊になってまで勉強なんかしませんよ〜だ」
「やれやれ。出来の悪い妹を持つ姉の気分を味あわせてくれてるわけ?ありがと」
なんとなくマナの言うことがわかるような気がするわ。
あの時のいつも完璧を目指してた私より、
今のシンジLOVEでドジばっかりしてる私の方が生き生きしてる。
わかってるよ。
♪♪♪タンタタタンタ♪♪♪
あ、携帯。着メロは、"Fly Me To The Moon"なの。
「はい、惣流です」
『あの…綾波です。こんばんは』
ひぇ〜、びっくりした。
「あ、レイ。どうしたの」
『はい、歩いて帰られたので、御身体、大丈夫かと心配になりまして…』
はは〜ん、嫉妬ね。
シンジに私を迎えに行くように言ったものだから、どうなったのか気になったのね。
「だいぶ冷えちゃったけど、馬鹿シンジが迎えに来たから、助かったわ。ありがとね」
『はい?碇君が迎えにいかれたんですか?』
「ええ、そうよ。アンタに言われたから来たって」
『……』
「もしもし?レイ?」
『私…、そんなこと申しておりません…』
へ?それって、どういう…。
『やっぱり、碇君はアスカのこと心配しておられたんですね。
あんなに怒っていらしたのに。車の中でも貴女の事で謝ってばかりで。
あの…、アスカ?もしもし?』
「あ、ごめんごめん。レイ、今日はごめんね。
雪の中を歩いてみたかったんだけど…、なんかみんなに心配掛けちゃったね」
嘘も方便。レイが本心で心配して電話してきたのがわかるもん。
ホント、アンタいい娘すぎるんだよ。
アンタからシンジを奪おうって闘志が燃え上がらないのよね。
でも、レイが迎えに行くように言ってないって…。
『いえ、それは構いません。
あの…実は…ご相談したいことが…』
あれ?声のトーンが変わった。
レイがもじもじして、顔が赤らんでるのが目に見えるようだわ。
「なに?」
『あの…バレンタインデー…なんですが』
「はい?バレンタインデーがどうしたの?」
何、言ってんの?バレンタインデーって2月14日よね。それがどうしたのかしら?
『あ、もしかして、アスカ、ご存知ないのですか?バレンタインデーのこと』
「知ってるけど、あ、あれ?日本独特の風習のこと?」
そうなのだ。女の子から好きな男の子にチョコをプレゼントするなんて、日本だけよ。
菓子メーカーに踊らせられちゃって、ホント変な国民。
「レイは馬鹿シンジに、そ、その、本命ってのをプレゼントするんでしょ」
『ハイ!』
うわ!いい返事。花マル上げたくなっちゃう。
ホントにシンジのこと、好きなんだ、この娘は。
「アスカもプレゼントするんでしょ?碇君に」
げ!どう答えればいいんだろ?
考えてなかったもん。目先のことが手一杯で。いや頭一杯かな?
『もしもし?あの、まさか、差し上げないのではないでしょうね?』
え〜と、えっと、そうそう、いい風習があるじゃない!
「もちろんよ!ほら、義理ってのがあるでしょ。義理よ、義理」
うぇ〜ん、本命の本命。大本命なのに〜!
『あ、そうですね。あの、アスカはいいとして、他の子が気になるんです』
え?何?後半の口調が冷え冷えとしてたわよ。
『碇君は人気がありますから、チョコレートを沢山いただいてしまうと思うんです』
「え?そうなの?そんなに」
『あら?アスカはご存じなかったんですか?
3組の、大村さん、川口さん、高村さん、藤井さん、前田さん、山本さん、吉岡さん。
私の1組で、安部さん、加藤さん、………………』
レイは暗誦しているみたい。
二重にびっくりだわ。
レイの諜報網がこんなに凄いなんて。これって、財閥の力なの?
それに、シンジがこんなにもてもてだなんて。
嬉しいけど、絶対にいや!
『2年生は以上27人。あと1年に16人、3年には何と36人もいらっしゃるんですよ。
しかもこれは現在数値です。当日までに駆け込み告白が予想されますので』
「駆け込み?」
『はい。周囲の雰囲気が盛り上がるにつれて、
自分も告白しないといけないと思い込む不逞の輩ですわ。
この方たちが一番許せません』
そうよ!そんな奴等がシンジにチョコなんて、絶対に許せない!
「じゃ、レイ。予想される敵数は100を越えるってわけね」
『はい!』
「わかったわ。これは何とかしないといけないわね」
『ありがとうございます。アスカなら協力してくれると思ってました』
協力、ね。ホントは率先、なんだけどね。
レイの存在だけでもこれなんだから、他の女なんか絶対に駄目よ!
まあ、私とレイに勝てるやつなんか、この学校には存在しないけどね!
もしかしてってこともあるし。
何よりも、シンジの性格が問題なのよ。
あの律儀で優柔不断な性格が、
告白してきた人間にはっきりお断りを言えるとは思えないわ。
そうなると1ヵ月後のホワイトデーで悲惨な目に遭う。
お返しとお断りに奔走しないといけないからね。
まあ、禍根の根は早めに絶つ、これが一番よ!
私とレイの利害は一致したわ。
D−DAYまで後1週間。
燃えてきたわ!やるわよ、アスカ!
Act.27 明日の笑顔のために ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第27話です。『アスカ遭難!』編の後編になります。
後編というより、次回予告編みたいになってしまいました。
アスカはその燃える闘志のせいで、シンジのお迎えが誰の発案なのかを追及するのを忘れています。
こんなところがへっぽこのへっぽこたる所以なんです。
ともあれ、次回は『壱中バレンタイン戦争』編です。